Shin Takamatsu Architect and Associates Co.,Ltd. 株式会社高松伸建築設計事務所

  • Locomotive

当たり前だが、傑作とは並外れた作品のことを言う。さて私は、生涯でたったひとつの傑作をものにした。クライアントは歯科医である。並の歯医者ではない。彼の車はベンツのコンバーチブルである。色は真紅。緑のサングラスと黄色のアルマーニ姿の彼は、その車で自宅からたった50mの仕事場へ、その深紅の車を駆って日々勇躍出勤する。並ではない。彼の趣味は蘭である。いやいや趣味などというそんな生やさしいものではない。彼は一輪一輪を女性の名で呼ぶ。間違いなく、彼は妻子よりも蘭を愛している。並ではない。彼は歯を診ながら阪神タイガースの話をする。御存知のように歯科医の道具は全てそっくりそのまま凶器になる。それに、大口を開けた仰向けの姿ほど人間にとって無防備なものはない。もとより彼の気分はタイガース次第である。彼に診てもらうには並々ならぬ覚悟を要する。その並外れた人物が診療所の設計を頼んできた。理由を問うと「君には派手な建築しか作れないからだ。」と言う。決して「派手な建築も作れる。」ではない。これは誤解である。私は慎ましい建築を作る。が、一方、誤解や曲解こそ発明や創造の母である、と歴史は教えている。コロンブスの大発見は大いなる誤解のたまものであり、アインシュタインの偉業はニュートンの曲解である。で、引き受けた。ところがである。いくつ案を見せようと彼は気に入らない。常に「並だね…」の一言。とうとう13案目。万策窮した私は、子どもの頃から好きだった機械を建築に見たてて洒落のめすことにした。見るなり彼は「これこそ並はずれた建築だ!」と狂喜。「いや、これはどちらかというと機関車のようなものですから…」という私の声も、もはや彼の耳には届かない。ということで1年後、私の傑作、機関車が完成した。 東京新聞2000年8月23日夕刊.(2000)

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