Shin Takamatsu Architect and Associates Co.,Ltd. 株式会社高松伸建築設計事務所

  • Mile Stone

仕事がらよく出かける。 旅先では、これも仕事がらどうしても建築が気になる。それも特に人の住む建築が。たまたま目にした住まいの情景や風情に、そこで営まれているであろう暮らしや営みを思って、妄想をたくましくするのが無類に楽しいからだ。なにげなく見上げたバルコニーの手摺りに結ばれた空色のマフラーを、あれはきっと永い間病気だった少女の恋のメッセージだ……などと思い込んで我を忘れたり、車窓を横切る民家の窓辺の倒れたクリスマスツリーに、そうか、イヴの夜は別れの夜になってしまったのだ……などと思いを馳せて時を忘れる。 さて、義兄が浜松から訪れた。結婚するので住まいを建てると言う。30年以上も昔の話である。当時の私はホヤホヤの大学院生。もとより設計の経験など無い。が、意気揚々、気分はとっくにル・コルビュジェかフランク・ロイド・ライト。義兄は、そんな私に設計せよと言う。それも稀代の傑作をものにせよと言う。たまげた勇気である。私はふたつ返事で引き受けた。今にして思えば、私の勇気も空恐ろしい。とはいえ、当時の私は共同トイレの木質アパート住まい。そんなところからは、断じて名作など生まれない。で、私はドライブ旅行に出かけることにした。といっても、自転車である。小さなスケッチブックを荷台にくくりつけ、ふと目にした町屋の佇まいに、ゆるゆると紡がれてきたぬくもりを想っては一枚、傾いた農家の居住まいに、使い込まれた鋤のような時の重さを想っては一枚、チャリのむくまま気のむくまま、持ち前の空想癖と夢想癖だけが頼りである。そうして持ち帰ったスケッチを、部屋中に張り巡らせ、無我夢中一心不乱で処女作に取り組んだ。義兄は私と同い年。建築資金は全額農協からの借り入れである。決して充分ではない。砂利の一粒まで計算し、徹頭徹尾無駄を削ぎ落とした。本体はブロック造。暑さ20㎝のコンクリート・ブロックを、鉄筋でがんじがらめにして積み上げる。床と屋根はコンクリート、窓枠は荒挽きの木材、階段は鉄板と鉄パイプである。無慈悲なまでに剛直な造りとなった。それでも、時おり壁のスケッチを見据えつつ、住むことの奥深さやなつかしさを思い詰めた。秋たけなわ、たわわに頭を垂れる稲穂の海のただ中に、その小さな灰色の家が完成した。まるで黄金の波に運ばれて来た小石のように。その後、たて続けにふたりの子供が生まれ、手摺りの無い階段から幾度となく転げ落ち、荒れくれた壁に生傷の絶えない日々を送りながらも、親子4人、ほぼ30年の間、ほとんど手を加えることなく住み続けてくれた。 今では、私もなんとか手に余るほど大きな仕事や、身に余るほどのおそれ多い仕事に、かろうじて恵まれるようになったけれど、私の心の片隅にはいつも、そのちっぽけな小石の家が建っている。ぽつねんと、しかし誇り高く。今後どうなろうと、その家がそこから動くことは決してない。 『ミセス1月号』.文化出版局.(2004)

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