Shin Takamatsu Architect and Associates Co.,Ltd. 株式会社高松伸建築設計事務所

  • Unfreedom

鉛筆で建築を考える。砂浜であろうと、駅のベンチであろうと、鉛筆一本あれば事足りる。ところで“口”で建築を創る建築家を知っている。彼は議論する。あーでもない、こーでもないと、倦むことを知らず、口角泡飛ばしてひたすら激論する。スタッフが疲れ果てて倒れてしまう頃、煮詰められた言葉に突然建築が憑依する。なんとも妙技と言う他ない。ところで、もう亡くなってしまったが、“耳”で建築を創る建築家もいた。彼は四六時中音楽を聴く。ヘッドホンを着けていない時の彼を、彼の妻でさえ見たことがない。やおら啓示が訪れる。これぞ凍れる音楽だ…と鶴の一声。スタッフはたまったものではない。とはいえ実に秘技と言う以外にない。かと思えば、なにもかもコンピューターに任せきって、左うちわの建築家もいる。このタイプは昨今ではそれほど珍しくはない。ということで、奥技や神技とはおよそ無縁で、かつコンピューターなど蛮族の呪具と思い定めている当方は、やむなく“鉛筆”で建築を創る次第となる。もとより大いに不自由である。が、この不自由が実に楽しい。たわみ、ねじれ、もつれる線の不自由が、夢想や幻想や、時に妄想さえ煽る。これが訳なく愉快である。茫然自失の線の群れが、あろうことか前人未踏の線を呼び、五里霧中の線の束が、いつしか奇跡の線を招いてしまうことがある。累々と横たわる線の闇から、見も知らぬ伽藍が、すっくりと建ち上がって来るのはまさにそんな時だ。これがなんともオモシロイ。だから描くことになる。たった一本の鉛筆を頼みに、その耽溺と惑溺のあてどない世界に身を沈めることになる。他でもない、そんな夢の残り香がスケッチである。いわば、不自由なる自由の痕跡、それが私にとってのスケッチである。 『建築家のメモ』.丸善出版事業部.2004

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