Shin Takamatsu Architect and Associates Co.,Ltd. 株式会社高松伸建築設計事務所

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おそらく手摺りの無い建築は無い。階段はもとより、屋上テラス、バルコニー、ベランダ、吹抜、トイレの中にまで、建築の至るところにそれはある。でありながら、これほど目立たない存在はない。その実、人の命を四六時中救っていながら、時に足蹴にされ、時に尻に敷かれる。これほど報われない存在はない。 にもかかわらず、おそらくは建築のあらゆる部位の中で、この手摺りほど私達の肌が直に触れるものはない。つまり手摺りは私達の身体に最も近い存在なのだ。 かつて、このことを知り抜いていた建築家がいた。村野藤吾である。もうとっくに他界したが、作品は不滅である。あの重厚な「日生劇場」や華麗な「箱根プリンスホテル」は誰もが知る不朽の名作だ。 こんな話が伝わっている。通常、設計図面と呼ばれるものには、建築の全ての部位があらかじめ描き込まれている。建設業者はその図面に則して正確に作ればよい。ところが、村野藤吾の設計図面には手摺りが描き込まれていないというのだ。 ならばどうするか。村野は、階段のコンクリートが打ち上がったばかりの現場で、何種類ものロープを何度も何度も床に投げさせたという。そして、最も美しいカーブを描いたロープの形をその場で型取りし、その形に最もふさわしい素材によって手摺りを作らせたというのだ。酔狂である。いやいやむしろ洒脱と言おうか。だが、真理である。建築は人が見、使い、そして触れるものだ。 イタリアの巨匠カルロ・スカルパがこう言っている。「1m幅の廊下を仕上げる時、私はそれを塗装する。それが80cmならば、優れたスタッコ職人を捜しに行かねばならない。そして、50cmならばどうするか。私はきっとそれを黄金で仕上げるだろう」。美に触れる。それが建築である。 読売新聞2000年2月14日夕刊.(2000)

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