Shin Takamatsu Architect and Associates Co.,Ltd. 株式会社高松伸建築設計事務所

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友が逝った。幼なじみの同年である。とうふ屋の息子に生まれ、とうふ屋になった。私の生まれた町では、漁師の息子は漁師に、左官の息子は左官になる。訃報に接したのは早朝である。同じく散髪屋を継いだ友人が報せてくれた。自ら命を断ったと言う。理由は皆目解らない。前夜も、いつものように売れ残りのとうふを肴に杯を傾けていたとのこと。三年前、「ふるさとの仲間達」などというすっとぼけたTV番組に一緒に出てもらった。その折、収録現場に酒を持ちこんで、番組をオシャカにしてしまったのが最後になった。四、五合は立て続けに飲み、人の話に全く耳を貸さず、自慢のとうふも昔と同じで飛び切りまずかったから、こんな男は地獄でも引き受け手はあるまいとすっかりタカを括っていた。このとうふ屋とはよく二人三脚を走った。小学校から高校まで、運動会といえば、なぜかいつもこのとうふ屋と足を結び肩を組んだ。で、走ると必ず勝った。とうふ屋も私も決して走りが得意な方ではない。二人三脚というのは不思議な競技(?)である。普通に考えると、強い者同士が組めば勝つ。がしかし、これが決してそうはならない。そういうカップルはたいてい転倒する。ちなみに、私の効き足は左で、とうふ屋は右である。当然効かない足同士結ぶことになる。これがなんとも具合いが良い。まるで一人で走るように走ることができる。ただし力は二倍である。走ると、私は私でなくなり、かといってとうふ屋でもない。おそらくとうふ屋もとうふ屋ではない。そんなことを思い出して秋晴れの空を見上げた。と、ふらりと体が右に傾いた。自分が、ひょっとしたらたくさんの友人達に支えられて生きているのかもしれないと、ふと思う。それを、失うことによって知ることがひどく悲しい。 東京新聞2000年11月1日夕刊.(2000)

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