Shin Takamatsu Architect and Associates Co.,Ltd. 株式会社高松伸建築設計事務所

  • Old Tree

ある新聞社から「母親について書いてくれと頼まれた。で、思い出したことがある。なつめの木である。私の生家は当時大家族で、祖父を筆頭に、祖父のお妾さんにその子供達、私の両親、養女などを含め、総勢二十数名。その奇態な一族郎党が住む広々とした地所のど真ん中に、まるで厳父の如きなつめの老木が君臨していた。老木とはいえ子供が三人輪になって、やっとこさ抱きかかえることができるほどだったから相当の大木である。さて、その大樹は、一族のガキ共はもとより、近郷近在の子供達の格好の遊び場であった。雪に枝がしなる時も、蝉が樹皮と見粉うばかりにびっしりと群れる時も、筋くれ立った枝や幹は、いつも、子供達で鈴なりになった。ただし、私を除いて・・・。というのも、私はこのなつめに登ることを固く禁じられていたからである。私は、脆い柿の木でも、サクい柳の木でも、阿吽の呼吸で登ることができた。が、母は、この頑丈な木に登ることだけは頑として許さなかった。はるか彼方で笑いころげる友達を見上げつつ、涙ぐんでその理由は尋ねる私に、母はいつもこう答えたものだ。「この木は特別だから」と。その「特別」の意味を私は長い間知ることはなかった。時に大きな青大将が樹上でとぐろを巻いていたり、幹の窪みに見たこともない赤い花が咲いたりするのを目にすると、それなりにその「特別」を悟ったような気になったものだ。とまれ、私も年を重ね、そんなことに興味を失った。そのうち家業が傾き、地所を売りに出す時が来た。私は母とふたりで移り住むことになった。引越の前夜、月明かりに白む葉を見上げながら母が教えてくれた。四つ上の兄が七歳の時、なつめの木から落ちて死んだことを。 東京新聞2000年11月29日.(2000)

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