Shin Takamatsu Architect and Associates Co.,Ltd. 株式会社高松伸建築設計事務所

  • Gion

大学入学の時から京都に住み続けている。相当な年数になる。が、少なくとも4百年住み続けなければ京都人と認めていただけないそうであるからして、私は未だにさしずめ帰るところの無くなった観光客である。ただし、そう割り切って腰を据える限り、この千年の都は実に住み心地がよろしい。風雅典雅は尽きることなく、むやみと市民権など求めたりせぬ限りこの地の人々は観光流民にはことの他優しい。のっけからそんな気分だから、私にとっての京の風物は絵葉書、とはいわないまでも絵巻物に等しい。故事来歴はもとより、社寺仏閣や名園名刹さえ、座して繙けばこと足りると高を括っているところがある。特に祭事がそうである。私は人口5千人弱、半農半漁の寒村の生まれである。野太い天神祭や、ほとんど猥雑なまでに熱狂的な荒神祭に子供の頃から親しんできた。そんなことだから、妙に取り澄ました京の祭りが、観光目当てのこれ見よがしな出しものに見えて鼻白むところがあり、せいぜい現代の絵巻物、即ちTVで充分と断じて横着を決め込んでいた次第である。 ところが、ちょうど7年前、梅雨も盛りを過ぎた頃、そんな私が偶然祇園祭の「鉾」の建立現場に出くわすことになった。その驚天動地。私はれっきとした技術者である。それも相当奇妙奇態なものを創る。その私も色を失った。力学的にほとんど不遜という以外にない構築物が、構法的にほとんど不穏当という以外に無い「縄絡み」などという技巧によって着々と組み上がる。その様は、正確にピラミッド建造や大仏殿普請のダイナミズムを孕んでいる。そして、まるで祈りをひと筋ひと結びに絞り込むように、縄目のひとつひとつに染み込む町衆の汗。そう、この祭りは人々による「祈りの造営」なのだ。その日から私の京の祭り、特に祇園祭に対する想いはガラリと変わった。 必ず寝込んでしまうほど雑踏の苦手な私は、未だに祇園祭をTVで見る。しかし、今の私には、その画面から伝わってくる祭本来の生々しい脈動や人々の熱い情動が確実に解る。 祇園祭パンフレット.(2000)

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